本当の「やる気」はどこから生まれるのか?(Part.1)
外発的動機づけと内発的動機づけの違い
このコーナーでは、「やる気」という言葉がたびたび登場してきた。「やる気がある」「やる気がない」などと普段よく耳にする言葉ではあるが、実は心理学ではとっても奥が深いテーマなのだ。専門用語でやる気のことを「動機づけ」といい、大きく分けると「外発的動機づけ」と「内発的動機づけ」という2つのタイプに分類される。次に、それぞれの動機づけについてご説明する。
1.「外発的動機づけ」=賞罰(アメとムチ)による動機づけ
人間だけではなくイヌやネズミでさえも、報酬を与えられる行動を増やし、罰を与えられる行動を回避するようになる。例えば勉強嫌いの子供に何とか勉強させたいと願っている親の場合、勉強しなさいと叱ったり、このままじゃ大学に入れないぞと煽ったり、何番以内に入ったらゲームを買ってあげるとご褒美で何とかしようとするかもしれない。このように、アメとムチを使い分けることで人を動機づけることを「外発的動機づけ」という。外発的に動機づけられている人にとっては報酬を得ることや罰を回避することが目的であり、勉強や仕事などの行動はその手段となっている。
確かに短期的に考えれば、外発的動機づけは強力で有効だ。ところが長期的に考えた場合、外発的動機づけの持つマイナスの効果が次第に明らかになってきた。勉強にせよ仕事にせよ、外発的に動機づけられている状態(つまり外的報酬を得るためにやる、それをやらないと怒られたりクビになるからやる云々…)では、手っ取り早い最短の方法を選ぶようになる、チャレンジしなくなる、親や上司の見ていない所で巧妙にサボタージュするようになる、といった弊害が出てくるのだ。何より、絶えず誰かが見張っていてアメやムチを与え続けなければ、行動は発生しない。
ここで外発的動機づけではないもう一つの動機づけとは何か、考えてみよう。皆さんは、外的報酬(主に金銭的見返り)や罰が与えられるわけでもないのに、何かに一生懸命になって取り組んだ経験はないだろうか? 例えば芸術活動やボランティア活動などが挙げられるだろう。外発的動機づけ理論では、人間がそのような活動に没頭するメカニズムを説明することができないのだ。
2.「内発的動機づけ」=行動することで得られる楽しさや満足感による動機づけ
内発的動機づけとは、賞罰という外的な強制力がない状態で動機づけられることである。皆さんが趣味や仕事以外の活動に没頭している時を思い出して欲しい。内発的に動機づけられた人にとっては、行動それ自体が目的であり、そこから得られる楽しさや達成感、充足感が報酬なのだ。楽しいから積極的に参加するし、自発的に学習し、最大限に努力する。内発的動機づけとは、まさに個人の内から湧き出る意欲なのである。
これまでに学校や組織において数々の動機づけ研究がなされており、外発的に動機づけられているグループよりも内発的に動機づけられているグループの方が、量的にも質的にも高い成果を上げることが一貫して実証されてきた。長期的な視点で考えた場合の「本当の」やる気とは、内発的な動機づけのことであるといえよう。
ここで付け加えておくが、「でも金銭的な報酬だって重要だよなあ」と考えた方がいらっしゃることだろう。確かに金銭的報酬は人を動機づける上で重要な役割を果たす。どんなにやりがいがあって楽しい仕事でも、極端に収入が低ければかえって意欲を失ってしまうだろう。内発的動機づけにおいては報酬とは、自分が成し遂げたことや何かに貢献したことを実感するための手段として働く。そこから、更なる達成感や満足感を得ることでより内発的動機づけが高まるのだ。但し、外発的動機づけとは異なり単純に金銭的報酬が上がったから内発的動機づけが高まるというわけではない。内発的動機づけでは活動それ自体が大きな「報酬」であるからだ。
皆さんがもし親や上司といった立場にある人ならば、自分の子供や部下を「アメとムチ」によって動機づけていないか考えてみて欲しい。高い成果を上げて欲しいとあなたが一生懸命になればなるほど、「試験が終わったとたんすぐに忘れ、勉強しなくなる子供」や「無難な方法を求め、言われたことしかしない社員」を育ててしまう危険性があるからだ。
次回は、内発的動機づけを高める方法とそのメカニズムについてご紹介する。
<参考文献>
「人を伸ばす力―内発と自律のすすめ」 エドワード・デシ、リチャード・フラスト(著)桜井茂男(訳) 新曜者
「モチベーション」 松井賚夫著(著) ダイヤモンド社
「自己学習能力を育てる―学校の新しい役割」 波多野 誼余夫(著) 東京大学出版会
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